2019年03月11日

2019年3月17日 礼拝予告

〇教会学校 9時15分〜
主題:「オリーブ山での祈り」
聖書:ルカによる福音書22章39節〜46節
※保護者の皆様も是非共にお越しください。

〇主日礼拝 10時30分〜
主題:「善にはさとく、悪には疎く」須賀 工 牧師
聖書:ローマの信徒への手紙16章17節〜27節
※礼拝後、五分の集い、信仰の学びが行われます。

皆様のお越しを心よりお待ち申し上げます。
posted by 日本基督教団 石山教会 at 20:29| 日記

2019年3月10日 主日礼拝説教「キリスト・イエスに結ばれて」須賀 工 牧師

聖書:ローマの信徒への手紙16章1節〜16節

 今朝、私達に与えられた御言葉は、ローマの信徒への手紙16章1節から16節の御言葉であります。聖書の小見出しには、「個人的な挨拶」と書かれています。
 「個人的な挨拶」ですから、その当事者にとっては、大きな意味があります。しかし、関係のない人にとって、この部分は何を意味しているのでしょうか。
 この「個人的な挨拶」もまた、聖書の御言葉の一部です。そうである以上、ここもまた、神様の御言葉の一つであります。そして、私達に与えられたメッセージの一つであります。 それでは、ここに語られているメッセージとは何であるのか。そこに思いを向けながら、今朝の御言葉に共に耳を傾けていくものでありたいと思います。
 この挨拶文には、幾人かの名前が出て来ます。全てを紹介することは出来ませんが、幾つかの人物を簡単にお話させていただきます。
 まずは、「姉妹フェベ」。1節に、その名前が出て来ます。彼女は、ケンクレアイの教会の奉仕者です。「奉仕者」と書かれていますが、実際は「長老」とも訳すことの出来る言葉です。教会の中でも、非常に用いられた女性の一人であると言えるでしょう。
 ケンクレアイは、コリントの近くにあります。パウロは、コリントで、この手紙を書いていますので、恐らく、このフェベが、パウロの手紙を、ローマに届けたのではないかと思います。
 つまり、この姉妹フェベが、無事にローマに行き着かなければ、このローマの信徒への手紙自体が、読まれることも、残されることもなかった。そのようにも言えるかもしれません。当時の女性にとって、その旅路は、決して楽な旅路ではなかっただろうと思います。それでも、姉妹フェベは、歩み続けた。手紙を届けることができた。決して楽な歩みではない。しかし、歩み続けた。これがここで大切なメッセージの一つであります。
 次に、プリスカとアキラ、そして、エパイネト。3節から5節に、これらの名前が出て来ます。プリスカとアキラは、夫婦です。プリスカが妻で、アキラが夫です。二人ともユダヤ人でありました。
 彼らは、元々、ローマの出身でしたが、退去命令と迫害を受けて、コリントへと逃げ、そこでパウロと出会います。
 パウロは、コリントやエフェソで、想像を絶するような迫害を受けます。しかし、そこでパウロを助け、パウロと共に歩み続けたのが、この夫妻でありました。また、彼らは、自分たちの家を礼拝する場所としても提供していたようであります。その夫妻が、どうやらローマに帰り、ローマでも自分たちの家を礼拝堂として与えていたようであります。
 大きな迫害を受け続け、心がボロボロになりながらも、自分の命や持ち物を、主に捧げ続け、信仰の旅路を歩み続ける。そのようなキリスト者の姿がここに描かれているのであります。
 恐らく、このプリスカとアキラの家の教会にエパイネトという人もいたようです。彼は、トルコで初めてクリスチャンになった人物であります。特に何かをしたという記録はありません。
 しかし、異教が支配する故郷で、ただ一人、キリストのものとされて生き抜いた人物です。それは、決して簡単な歩みではないでありましょう。様々な痛みや悲しみを抱えながら、それでも、信仰の旅路を歩み続けていく。それが、エパイネトという人なのであります。
 次に、6節から7節に「マリアとアンドロニコとユニアス」という名前が出て来ます。そして、12節に「トリファイナとトリフォサとペルシス」という名前が出て来ます。
 彼らについて、詳しいことは分かりません。しかし、分かることは、信仰生活でパウロと共に苦しみを分かち合ったということ。苦しみや悲しみを分かち合いながら、信仰生活を共にしてきたということ。それが、ここから分かります。
 次に、8節の「アンプリアト」、9節の「ウルバノ」と「スタキス」、14節の「アシンクリト」「フレゴン」「ヘルメス」「パトロバ」「ヘルマス」、そして、15節の「フィロロゴ」と「ユリア」。あとは、12節の「ペルシス」。これらの人たちには共通していることがあります。ここに出てくる人たちは、皆、「奴隷」か「元奴隷」の人たちであります。非常に窮屈な思いをしながら、信仰生活を送っていた人たちでありましょう。
 今、上げられていない他の人たちは、恐らく、異教からの改宗者であると考える人もいるそうです。異教から改宗することもまた、様々な葛藤が生じるものです。
 ここに名前が出てきた人たちには、共通することがあります。それは、苦しみや痛みを背負っている人たちであるということです。苦しみを担いながら、クリスチャンとして、自分の命を捧げている人たちです。苦しみは、皆、違います。しかし、苦しいから信仰を捨てた人ではありません。苦しみながら、あるいは苦しい時も、クリスチャンであり続けた人たちであります。
 それでは、なぜ、この人たちは、迫害や苦難を越えて、その痛みを担いながらも、信仰の旅路を歩み続ける事が出来たのでしょうか。その答えが、13節の御言葉に集約されていくのであります。「主に結ばれている選ばれた者ルフォス、およびその母によろしく。彼女はわたしにとっても母なのです。」
 このルフォスは、特に注目すべき人物の一人です。実は、ルフォスの父シモンという人物が、福音書にも登場するのです。
 マルコによる福音書15章21節以下の御言葉をお読みします。「そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。」
 ルフォスの父シモンは、かつて、主イエス・キリストの十字架を担いだ人物だったのであります。そして、その後、彼自身も、彼の家族も、キリスト者へと変えられていったのであります。
 このマルコによる福音書のルフォスとローマの信徒への手紙のルフォスは、名前の同じ違う人物ではないのか。そのように問いたくなるものです。
 マルコによる福音書は、ペテロと共に伝道をしたヨハネ・マルコという人が書いたと言われています。ペテロが殉教した後、ヨハネ・マルコは、この福音書を書きました。
 どこで書いたでしょうか。ローマで書いているのです。このルフォスは、やはりローマ教会にいるルフォスなのです。
 ここで大事なことは、ルフォスの父シモンが、キリストの十字架を背負ったということです。彼は、そこで何を感じたのでしょうか。
 十字架の重さを感じたのです。その恥ずかしさを感じたのです。単なる質量の問題ではありません。シモンは、その十字架の重さのうちに、自分の罪の重さを知ったのではないでしょうか。自分の罪の重さを、主イエス・キリストが、代わりに担っていてくださる。その事実を、そこで知らされたのではないでしょうか。
 この私のために、主イエス・キリストが、苦しみを担ってくださる。自分のために命をかけ、命を捨ててくださるお方がいる。そこに気づかされた。だから、シモンは、キリストのものとされて生きる道を歩み出すことができたのではないでしょうか。
 ここに名前を連ねている人たちは、いや、ここに名前を連ねていない当時のクリスチャンたちも、本当に、沢山の苦労や苦難を積み重ねてきた人たちであったでしょう。キリスト教が認められない、自分たちの信仰が受け入れられない。誰かの支配の中で、窮屈な思いで、信仰を守らなければいけない。そう思いながら、涙や血を流して、信仰の旅路を歩み続けたのであります。
 しかし、彼らは知っているのです。この自分のために命をかけてくださる方がいるのだと。この自分のために、命をかけて、罪の重さを背負い、神様の救いを味わわせてくださる方がいるのだと。この自分のために、全てのものを捧げ、私達を神様の家族としてくださるのだということを。このキリストの愛にとらえられ、キリストの贖いを思い起こす時、彼らは何度でも立ち上がることができた。歩み出すことができたのではないでしょうか。
 そして、彼らは、もう一つ大切なことを知っています。キリスト者が一人ではない、ということを知っているのです。共に苦しみを分かち合い、痛みを分かち合い、キリストの十字架の基で、共に悔い改め、共に喜べる仲間がいる。聖なる口づけをするように、聖なる交わりに共に生きられる者がいるのだということを、彼らは知っている。共に祈り合える、キリストの体なる諸教会が共にあることも知っている。だから、苦しみや痛みの只中も、立ち上がり、主の御業のために、すべてを捧げて生きることができるのであります。
 この個人的な挨拶の中でこそ、私達は、このような大きく、深い御言葉に触れることができるのではないかと思うのです。受難節第一主日を迎えました。主イエス・キリストの十字架の死を偲ぶ期間です。あの十字架の重さが、この私の罪の重さであることを、改めて深く思い起こしつつ、悔い改めと感謝の日々を、共に過ごしていければと思います。
posted by 日本基督教団 石山教会 at 20:24| 日記