2021年02月17日

牧師日記I「ほんまそれ」

ハレルヤ!!主の御名を賛美します!!!

今日は、ちょっと怖い話をします(*- -)

ある夜、家族も寝静まった後・・・

私は、クラブハウスというSNSを使って、幾人かのクリスチャンと会話をしていました・・・

私が、信仰的な話をしていると・・・後ろから声が!!!

誰も触っていないタブレットから、Siriの声が突然!!!!

Siriはなんと言ったかって?

「それは正しいことですね」

めちゃくちゃゾッとしましたが・・・( ノД`)シクシク…

Siriに「アーメン」て言ってもらったということにしましょう。うん、そういうことだ!そういうことだよね!そういうこと・・・・だよね?

因みに、新約聖書の最後の言葉には「アーメン」という言葉が出て参ります。

「以上すべてを証しする方が、言われる。『然り、わたしはすぐに来る。』アーメン、主イエスよ、来てください。主イエスの恵みが、すべての者と共にあるように。」(ヨハネの黙示録22章20節〜21節)

アーメンというのは、「真実です」とか、「いうてるとおりやわ!」とか「ほんまそれ!」とか、同意することです。「イエスさまのゆうてるとおりやわ!」という感じでしょうか( ´艸`)

ちなみに、黙示録は、「世の終わり」についてのお話です。

世の終わりの前には、色々、厳しいこと、恐ろしいことが起きるようです。

け・れ・ど!!

それが、世の終わりではありません。

世の終わりは、主イエス・キリストが、来てくださることで実現します。

つまり、世の終わりは、イエス様との再会の時!!決して、恐い日ではありません!!

私達の罪のために、身代わりとなって裁かれたお方が、また、この世界に来てくださるのです!!

だから、世の終わりは、積極的に待ち望み、そこに向かって生きることが大切なんですね!

だって、大好きなイエス様に会いたいでしょ早く。「会いたかった〜♪イエスに〜♪」でしょ?( ´艸`)

今、この時代、世界が終わったとか、もうしんどくて終わりだとか、いろんなこと感じちゃうよね
(´;ω;`)ウゥゥ

けれどね、苦しいことも、悲しいことも「永遠」ではないですからねぇ。
(^▽^)/

苦しいことも、悲しいことも、神様の栄光を前に、勝利はできません!!最後の最後には、神が、イエス様が勝利する。

ということは、もうすでに、私達は、主の勝利の中にいる!そう信じても良いのです。

だから、自分が頑張って苦難を乗り越えて行こう!という考えも大事だけれど・・・・

自分で考えることを少しやめて、全ての苦難に勝利しておられる主や主の御言葉に委ねることも大切ね(^▽^)/

それを少しでも心に留められたら、少しでも心が楽になるかなぁ。なってほしいです!!

この時代、様々な痛みを負いながら生きている皆さんを覚えて祈っていますね。私とSiriに話しかけた誰かと共に・・・( ´艸`)

【一緒に聖書を読みましょ♪】ヨハネの黙示録22章6節〜21節
posted by 日本基督教団 石山教会 at 15:55| 日記

2021年02月16日

牧師日記H「チョコ」

ハレルヤ!! 主の御名を賛美します!!!

日曜日は、バレンタインデーでしたね〜

小学生、中学生のころ、ソワソワしていた自分を思い出しますねぇ

無駄に、靴箱とか机の中とか、クラスメイトの視線とか・・・・チェックしてたなぁ( ´艸`)

あかんあかん!子ども心を忘れてはいけない!

ということで、一応、家の靴箱と、教会の靴箱は、見ておきました(笑)

もちろん、あるわけもなく・・・( ´∀` )

そういえば、今年のバレンタイン事情はどうだったんでしょうかね。

学校休みですからねぇ・・・前日、後日なのかなぁ。当日、家に直接行くとかなのかなぁ。そもそも、あれか、学校にお菓子とか持って行ってはいけない感じなのかなぁ(´;ω;`)

まぁ、みんな、思い思いにしてるだろうね(^▽^)/

バレンタインデーの由来って、結構、沢山あるみたいですね!

どれが本当かは、実は、明確ではないみたいです。

だから、ざっくりと、間違っているかもしれませんが・・・(*- -)(*_ _)ペコリ 

AD300年ぐらいのお話です。

当時、ローマ帝国では、2月14日に、女神ユーノー(神々の女王みたいな)の祝日を祝ったらしい。

そして、翌日は、豊穣を祈願するルペルカリアというお祭りがあったらしい。

このお祭りで、今で言えば、合コンみたいな、街コンみたいなことをしていたらしい。

そこでマッチングしたカップルは、大体、結婚したんだと・・・これは、前振りみたいな話。ここから本題!

この時代の皇帝はクラウディウス2世という人でした。

この皇帝は、兵士たちの結婚を禁止したらしい(´;ω;`)

理由は、士気が下がるから・・・( ゚Д゚) 

いやいや、愛する人がいたほうが、死んでられるか!ってなることもあるでしょ?

この時代に、バレンタインという司祭がいました。バレンタインさんは、その兵士のために、内緒で結婚式してたみたい( ゚Д゚)

けれど、それが、バレちゃうんです( ノД`)シクシク…

そして、処刑されてしまう((´;ω;`)ウゥゥ

その処刑された日が、2月14日だったんです!!

この日が、愛する人を見つける異教の祝日であること、国家権力に屈することなく、人間同士の愛の絆を繋いだキリスト者バレンタインの死を記念すること

これらが相まって、この日は、愛する人に、感謝を捧げる日、という半ば強引なことになったらしい。

あくまでも、伝説みたいな話ですから。かなりざっくりしてますから。お許しください(*- -)(*_ _)ペコリ

聖書では、神様とイスラエルの関係を、花婿と花嫁にたとえたりします。

あとは、イエス様と弟子たち(教会)も。

イエス様と私達は、愛の絆で結ばれているんですねぇ。

でも、その愛の絆は、私達が結ぶものではなく、イエス様が、結んでくださることでもあります。

イエス様の一方的な愛が大事なんです。

だって、私達は、いつでも、どんな時でも、愛の絆を切ってしまうこともあります。

しかし、「愛は決して滅びない」(1コリントの信徒への手紙13章8節)!!

私達が弱くても、イエス様が、私達を愛する愛は、滅びない!!!

私達がイエス様の手を放しても、イエス様は、愛の御手を、離すことはない!!!

こんな私なのに・・・こんな駄目なのに・・・・どうせ自分なんか・・・

大丈夫!! そんなあなたの手も、ちゃんと、イエス様が繋いでくださいます。

だから、安心して、歩みましょう(^▽^)/

P1200229.JPG

二個もらいました(本当は三個ね)(((o(*゚▽゚*)o)))

左のが娘から、右は、教会学校に来ている子から。ありがとう!!モテキキターーーーーー

娘は、どうやら自分で一個たべたらしい(爆笑)

それで良いぞ!自分を愛しているように、隣人を愛しているぞ!気持ちが大事だぞ!お父さんは、娘の手を放しません!!(( ´艸`)

【一緒に聖書読みましょ♪】 1コリントの信徒への手紙13章1節から13節
posted by 日本基督教団 石山教会 at 16:51| 日記

2021年02月14日

牧師日記G「書く」

ハレルヤ!主の御名を賛美します!!

2月13日(土)、滋賀地区青年部の冬の行事が行われました!拍手

タイトルは題して・・・

「地元滋賀を知るシリーズ もうすぐレントで書(しょ)!!」( ´艸`)

あれ?変なタイトルですか〜??

これ考えたの私です!!(^▽^)/ 

聖霊が突然、降り、降ってわいてきたタイトルです(((o(*゚▽゚*)o)))

ということで・・・・行ってまいりました!

P1200208.JPG

その名も観峰館(かんぽうかん)!!!

滋賀県東近江市にある「書の文化にふれる博物館」です。(^▽^)/

「正しい美しい愛の習字」を提唱し、習字教育や財団設立をした、原田観峰さんの作品が沢山展示されていました!!

詳しいことは、ウィキペディアで調べてください(( ´艸`)

コロナ禍の影響からか、我々、青年部しかいませんでした(´;ω;`)

P1200215.JPG

下の娘も連れて行ったため、全てを見ることはできませんでしたが、私の印象としては、意外と読める習字やなぁ、という感じです。すみませーん。上から目線で(*- -)(*_ _)ペコリ

書道家が書く習字の勝手なイメージですが、もっと、なんというか、読めないぐらい達筆みたいなイメージでしたが・・・

原田さんの字は、素人でも読める。そして、結構、良いこと言っている!みたいなイメージでした。すみませーん。またまた、上から目線で(*- -)(*_ _)ペコリ

でも、これが私の正直な感想です(o^―^o)ニコ

他にも、書の歴史やアンティークなものも展示されていました。良かったらよってみてください(^▽^)/

博物館にいっても、子どもの興味は、他にありました( ´艸`)

何やら地面でお絵描きを始めました。本人は、「じっじ(字)」だと言い張ってましたが(笑)

P1200226.JPG

そういえば、聖書に、地面になんやらを書いている話ありましたよね。

「しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。『あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。』そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。」(ヨハネによる福音書8章7節〜8節)

こう問われた人々は、誰も、この女性を裁くことはできませんでした。ただ一人、イエス様だけが残られた。

神様の独り子であり、神様に等しいお方は、唯一、裁けるところにおられます。

しかし、イエス様も罪に定めることはありません。けれど、最後に、「もう罪を犯してはならない」とも仰せになります。

つまり、やっぱり、罪はあったんじゃん!ということでしょう。人間は、誰もが罪から逃れられない。だから、誰もお互いに裁き合うことはできません!

だから、このお話は、この人に罪がなかった、ということではなくて・・・罪が赦された、というお話なのですね。

イエス様は、ご自身の命を捨て、裁きの身代わりとなることで、私達を裁きから救い出してくださいました。

罪が平等にあるように、この救いもまた、平等です!!

この大きな恵みを、みんなで一緒に分かち合えるようになりたいですね(^▽^)/

【みんなで一緒に聖書よみましょ♪】ヨハネによる福音書8章1節〜11節

【お祈りに覚えましょう】2月13日夜、福島県、宮城県で起きた震災を覚えてお祈りください。
posted by 日本基督教団 石山教会 at 16:37| 日記