2021年02月04日

牧師日記B「栗」

ハレルヤ! 主の御名を賛美します!!

三日坊主(牧師)の三日目の日記。いつまで続くのか…わーい(嬉しい顔)

私の遣わされた石山教会には、幼稚園があります。その名も「清和幼稚園」。

その幼稚園で今月「音楽会」があります。

いつもなら、生活発表会として、劇とか歌とか、色々なことをしています。

けれど、今年は、コロナ禍の影響を受けて、楽器を演奏するだけです(´;ω;`)

もちろん、感染予防対策をしっかりとして!!近くの会館をお借りして!!

できないことも多いけれど、やれることを喜んで、事故などがないように、子どもたちのありのままの姿を受け止められるような、そんな素敵な会になることを祈っています。(*^。^*)

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そんな音楽会で使うだろう「カスタネット」の語源は、スペイン語で「栗の実」という意味らしいです。

私の知る限り、聖書の中で「栗」を意味する言葉は、一カ所だけ。
他にあったら教えてください(*- -)(*_ _)ペコリ

「山々の頂でいけにえをささげ/丘の上で香をたく。樫、ポプラ、テレビンなどの木陰が快いからだ」
                                      (ホセア書4章13節)


このテレビンが「栗」を意味するという説があります。文語訳(昔の訳)では、「栗」という言葉らしいです。

ただ、問題は、このホセア書4章・・・とにかく、めちゃくちゃ厳しいこと書いてあります。

なんせ、タイトルに「主の告発」と付けられていますから。もう、「大きな栗の木の下で〜♪」なんて歌ってられないぐらい、イスラエル・人間の罪について書かれています。

これが「人間の言葉」であったら、まちがいなく、コンプラに引っ掛かりそうですね。

だけど、これは、神様の御言葉です。神様が、私達の「罪の現実」を見ておられます。一言で言うならば、他の神々に、うつつを抜かしてしまった人間に対して、厳しく、その現実を語られているのです。

これは、逆に言えば、それだけ、私達を大事に思っていた、ということかもしれません。だけど、裏切られてしまった( ノД`)シクシク…

でもね…このホセア書は、最後は、「回復と祝福」という話で、幕を閉じているのです。正確にいうと、「色々、あったけど。ウチのところに帰って来てなぁ」って終わっていく。

どれだけ、間違いを犯しても、どれだけ、失敗ばかりでも、帰る場所がある。受け止められる場所がある。それは、とても嬉しいこと。

そして、それが、聖書が示すところの神様の御手の中なんです(*^。^*)

私達は、なんども失敗を繰り返します。

けれど、その私達のために、神様は、イエス様を下さり、十字架の死と復活、そして昇天を成し遂げてくださいました。

昇天されるイエス様は、「天」に、私達の居場所を準備してくださいます。

生きているときだけではなく、死んでからも、私達には居場所がある。なんつー恵みでしょうか( ´∀` )

そんなイエス様を通して与えられる恵みを素直に受け止め、喜びをもって今日・明日を生きたいものです。

独りぼっちではありません。みんなには「居場所」があるんだよ!!

【みんなで聖書を読みましょ!!】
ホセア書4章1節〜19節
posted by 日本基督教団 石山教会 at 10:21| 日記