2021年02月05日

牧師日記C「強さ誇らず」

ハレルヤ!!主の御名を賛美します。

清和幼稚園の恒例行事の一つに「節分」があります。

キリスト教主義の幼稚園で節分??

いやいや、クリスマス会をするお寺の幼稚園もありますから!!鬼を「デーモン」と訳すこともありますから!!めちゃくちゃ広い意味で言うならば、許容の範囲内ですから!!!

お許しください(*- -)(*_ _)ペコリ

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「鬼」と言えば、昨年は、正に、あの「鬼を倒す子どもたちのアニメ」が、大流行でしたね。

私の家でも大流行でした。コミックを買ったり、ドンジャラを買ったり、映画見たり、コスプレ衣装買ったり…下の娘(2歳)に関しては、あのタイトル見ただけで「ねっこ!ねっこ!」って言いますからね(ご存じない方はすみません)。

そんな私も、娘の影響で、ハマってしまいましたが…。

何が良いって、あの「少年」の人柄が良い。とにかく優しい。人にも鬼にも!そもそも、戦う目的は、鬼を人に戻す方法を知るためですからね。どんだけ優しいんだよ!って話です。

けれど、最初は、その「優しさ」が、この少年の「弱さ」でもありました。「優しさ」だけでは、鬼は倒せないということでしょうかね。わかる気もします。本当の優しさは、時に厳しさも含むこともありますから。

しかし、この少年は、とにかく、自分を犠牲にしても、優しさ(弱さ)を貫いて終わっていきます。周りも、その優しさに心が動かされ、助け合いながら生きていく。そのひたむきな姿が、グッとくるんです(o^―^o)ニコ

もし、機会があったら見てみてください(^▽^)/ *勿論、強制ではありません!!

人間というのは、大体、「弱さ」を隠したがるものです。弱いところを見せることを嫌うのです。だから、少しでも強がってる姿だけを見せようとする。

でも、それは、本当の自分なのでしょうか?

弱さも含めての「あなた」なのではないでしょうか。

そして、その「あなた」こそが、キリストを通して、神様に受け入れられた一人なのです。

「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」(Uコリントの信徒への手紙12章9節〜10節)

信仰者になるということは、一人で生きることではありません。キリストと共に、キリストに担っていただいて、山を行くようなものです。

だから、私達は、弱さに満ちていても、力強く歩めるのです。いや、実際には、主が、私を背負って、力強く歩んでくださる、と言えるでしょうか。

いずれにせよ、自分の弱さを誇れるのは、こんな自分の内に、キリストの恵みが満ち溢れ、キリストによって生かされていることを知っているからなんですね。

弱くても良い。弱さをさらけ出しても良い。それも含めてまるまる、あなたは、キリストに受け入れられ、神様の子どもへと招かれています。

だから、失敗しても良い。ちょっと休んでも良い。何度でも立ち上がれば良い。そう思えてくるものです。

そんな、わたしも、何度、ダイエットに失敗したか。何度トライ&エラーを繰り返したか!何度「心を燃やせ」(アニメの登場人物のセリフ)ではなく、体脂肪を燃やしては消してきたか!今年こそ〜(笑)

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キリスト教系ミュージシャンが、こんな歌を歌っています!ぜひご鑑賞ください。

https://www.youtube.com/watch?v=kQxsdziMKks

【みんなで聖書を読みましょ♪】コリントの信徒への手紙U 12章1節〜10節
posted by 日本基督教団 石山教会 at 10:02| 日記