2021年02月26日

牧師日記O「ネコのうた」

ハレルヤ!!!主の御名を賛美します!!!

いきなりですが!

DSCN1349.JPG

これは、教会の窓の写真ですカメラ

換気のために、開放中です。

この窓に、猫が座っていたんです!!(=^・・^=)

入りたいのか、入りたくないのか・・・新来会者かっ!!みたいな(苦笑)

そういえば、猫と言えば、「ねこふんじゃった」という歌がありますね(^▽^)/

こないだ、下の娘のおもちゃで遊んでいたら、「ねこふんじゃった」の歌詞が出てきたんです(o^―^o)ニコ

知ってましたか皆さん、あの歌詞(。´・ω・)?

要するに、猫を踏んじゃうんです。そして、猫に引っ掛かれる。猫を責めるんだけど、最後は、ごめんって言う。そんな歌詞なんです。

いやいや、猫は責められないでしょ!!踏んだ人間の方があかんでしょ。まず、ごめんでしょ!

みたいに突っ込んでしまいました( ´艸`)

因みに、2番の歌詞は、猫を踏んだら、猫が飛んで行ってみえなくなった。でも、明日には降りて来てねっていうなんとも言えない切ない感じで終わって行くのですねぇ(´;ω;`)

猫を踏んだのに、猫を責める・・・責任転嫁というか、自分のことを棚に上げているというか・・・

そういうこと、私達にもあるかもしれませんねぇ

責任転嫁の代表者が、実は、聖書にもいるんです!!

それが「アダム」!!!

「人は答えた。『あなたがわたしと共にいるようにと与えて下さった妻、その妻が木から取ってくれたので私は食べたのです。』」(創世記3章12節*聖書協会共同訳)

アダムさん、駄目だよ。人のせいにしては・・・というか、神様のせいにもしているように聞こえますよね。

自分で罪を犯したことを、誰かのせいにしたり、神様のせいにしたり・・・

あぁ、自分にもあるなぁ(´;ω;`)

ちなみに、彼らは、恥を隠すために、いちじくの葉を体に巻いていました。

弱さを隠すようにね。

でもね。神様には、わかっちゃうんだなぁ。私達の罪が・・・

その神様は、とても、厳しい、御言葉を人に与えられます。

だけど、皮で出来た服を着せてくださる。

私達の罪や恥を覆い隠してくださるんですね。罪を隠すのは、私達の力ではなく、神様の御業なんですねぇ(o^―^o)ニコ

もう少し踏み込んで言うならば・・・・

完全に、罪を覆い隠すために、つまりは、命の犠牲があった、ということでしょ?

これは、もうイエス・キリストの話じゃないですかね(^▽^)/

私達のために命を捨ててくださった御方を、私達は着せて頂いている( ;∀;)

なんて恵みだっ!!⇒最近の口癖です(笑)

こんな恵みを覚えながら、今日を生きよう。明日に向かって(⌒∇⌒)

因みに、猫は、聖書には出てきませんが(多分)、エジプトの王ネコは出てきます(笑)

ヨシヤ王を打ち取った王様ですね。

ヨシヤ王がなくなって、悲しみにくれた預言者エレミヤが記したものが「哀歌」なんですねぇ。

このヨシヤ王は、ほんまに、イケメンですわ(笑)

でも、そのお話は、おいおいね(^▽^)/

【一緒に聖書を読みましょ♪】創世記3章
posted by 日本基督教団 石山教会 at 11:47| 日記