2021年07月27日

牧師日記㊲「ゆだ寝る」

ハレルヤ!主の御名を賛美します!!

久しぶりの投稿です(*- -)(*_ _)ペコリ

言い訳ではないですが、引越しがありまして・・・

牧師館が新築建替工事というわけで・・・

教会の執務室も生まれ変わります!!!

ということで、今は、礼拝堂の一部「親子室」をお借りして、事務室として使わせていただいています(o^―^o)ニコ

毎日、7時に家を出て、10分ぐらい歩き、夕方まで仕事をし、また10分ぐらいかけて帰る・・・

そんな、普通の方ならば、当たり前?(普通の方はもっと時間かけていますね)の生活を過ごしております!

この親子室には、もともと、ソファがあります。

体調を崩した方が休めるようにです。

しかし、今や、ただただ元気な私が、昼寝に使っています→突然の暴露(( ´艸`)
*勿論、これからも、体調を崩された方のために使用します!!!

昼にせよ、夜にせよ、朝にせよ

「寝る」ということは大事ですね(^▽^)/

勿論、心や体を休める、という観点でも、寝ることは大切(⌒∇⌒)

もう一つ大事なことがあるとするならば・・・

「寝る」ということは、自分の力では、その間は、何もできない状態を指しているのです。

全くの、無力、無防備の状態ですわ(⌒∇⌒)

実は、これこそが、真の「神に委ねている瞬間」なんですよねぇ

正に「神様に委ねる」ということは、自分の力を捨てることなのです!

そして、神様に委ねることこそが、実は、本当の休息でもあるのですねぇ

イエス様も、お弟子さんを、色々な町々に派遣した後、帰って来た弟子たちに対して・・・

「あなたがただけで人里離れた所へ行って、しばらく休むがよい」(マルコ6章31節)と仰せになりました。

イエス様の言われる「人里離れた」とは、「祈りの場」をあらわしています。

つまり、弟子たちの休みとは、「祈り」であり、祈ることは、主に委ねることでもあります。

それ故に、寝る・休む=祈り=委ねること、ということになるのですね。

因みに、創世記の創造物語って、「夕べがあり、朝がある」と書かれていますよね・・・

ずっと気になっていましたが、なぜ「夕」からなの??

ユダヤでは、「夕」から「一日が始まる」といわれています。

一日の始まりは、「休み」から始まるんですわ。

要するに、一日の始まりは、委ねるところから始まる!!

何かをして、結果を委ねるのではなく、

何かを始める前に、委ねる!! 実は、これが、信仰生活の中において大切な鍵なんですね(^▽^)/

何かを始める前に、まず、主に心を向け、委ねて、歩み出す!それは、主に期待することであり、希望を抱くことでもあるし、失敗も又、必要な恵みであることを知ることでもありますね(^▽^)/

そんなこんなで、これを書きながら、眠たくなってきたので、ソファで寝ることにします。

僕が寝るのは、不真面目から来るのではなく、午後の働きを主に委ねるためだと・・・・信じたい(笑)

【一緒に聖書を読みましょう♪】
マルコによる福音書6章1節〜56節
posted by 日本基督教団 石山教会 at 11:55| 日記