2019年03月28日

2019年3月31日 礼拝予告

〇教会学校  主日礼拝と合同です!

〇主日礼拝 10時30分〜
主題:「彼らをお赦しください」須賀 工 牧師
聖書:ルカによる福音書23章32節〜38節

※礼拝後、五分の集い、信仰の学びがあります。
※保護者の方々も是非、共にお越しください。

皆様のお越しを心よりお待ち申し上げます。
posted by 日本基督教団 石山教会 at 17:27| 日記

2019年3月24日 主日礼拝説教「福音の力を信じて」須賀 工 牧師

聖書:ローマの信徒への手紙16章25節〜27節

 今朝、私達に与えられた御言葉は、ローマの信徒への手紙16章25節から27節の御言葉であります。25節の御言葉をお読みします。「神は、わたしの福音すなわちイエス・キリストについての宣教によって、あなたがたを強めることがおできになります。この福音は、世々にわたって隠されていた、秘められた計画を啓示するものです。」
 「教会を強くするもの」。そういうものがあるとするならば、それは、何でしょうか。あるいは「教会を力づけるもの」。そういうものがあるとするならば、それは、何でしょうか。それは、「人間の働き」でしょうか。あるいは「人間の思想」や「人間の知恵」でしょうか。即ち、私達が、私達の力で、教会を力づけたり、強くしたりすることができるのでしょうか。教会も弱ることがあります。教会も衰えてしまうことがあります。その時、私達が拠るべきところは、どこにあるのでしょうか。それが、今朝の御言葉のポイントとなります。
 「教会を強く」したり、「教会を力づけ」たりするもの。それは、「神様」です。人間が、教会を強くすることは出来ません。なぜなら、人間は、根本的に弱い存在だからであります。
 神様が、教会を強くしてくださいます。神様が、教会に力を与えてくださいます。教会も弱り果ててしまうことがあります。そのような時だからこそ、私達は、人に頼るのではなく、神様に心を向けていくものでありたいと思います。この変わりゆく、揺れ動く嵐のような現実の中でこそ、人に目を向けるのではなく、神に心を向け直していく。そういうものでありたい。なぜなら、神様が、教会を強めてくださるからであります。
 それでは、神様は、どのようにして、「教会を強くされる」のでしょうか。神様は、どのようにして、「教会に力を与えてくれる」のでしょうか。
 それが「福音」です。神様は、「福音の力」を通して、教会を力づけてくださいます。「わたしの福音」「わたしの喜び」いや、「わたしが受けた喜び知らせ」。この喜びの知らせこそが、福音であり、この福音の力こそが、教会を強め、教会に力を与えるのであります。
 人の言葉や人の思想が、教会を強めるのではありません。あるいは、人間の働きが、教会を強化していくのではありません。神様が、この私に与えてくださる「福音」こそが、教会を力強く支えるのであります。私達の教会が、もし、弱り果てることがあるならば、尚更のこと、私達は、福音に堅く立ち続けて行く。そこに立ち帰り続けていく。それが、一番、大切なことなのであります。
 では、この福音の中身とは、何でしょうか。それが、「主イエス・キリスト」であります。主イエス・キリストは、この私達のために何をしてくださったか。私達の罪のために「十字架に架かり、ひとたび、おのれを全き犠牲として捧げられた」のであります。御自身の命を惜しみなく、捧げてしまうほどに、断固として、私達を愛し抜いてくださったのであります。神様御自身もまた、御子を惜しみなく死に渡されるほどに、私達を愛し抜いてくださったのであります。
 ここにこそ、私達の真の喜びがあり、ここにこそ、私達の真の福音がある。この計り知れない喜びの知らせこそが、私達を強く、私達を力づけるものとなるのであります。
 どんなに弱っていても、どんなに苦しい状況に立たされていても、御子を惜しみなく、死に渡すほどに、神様が、あなたを愛し抜いてくださる。そう思い起こす時、私達は、何度でも立ちあげられていく。力を受けて生き直すことができる。この世界の人間が、全て、私達の敵であったとしても、私達のために命をかけてくれる神様がいる。そう思い起こされる時、私達は、何度でも歩み続けることができる。正に、キリストの福音こそが、私達を何度でも、生き返らせる力となるのではないでしょうか。
 この福音は、元々は、「隠された、秘められた計画」でありました。人間は、神様の救いを知ることも、見ることも、感じることも出来ない状態だった。そのように言えるかもしれません。それぐらい、私達人間の罪の闇が深かったのかもしれません。いや、それほどまでに、人と神との間には、隔たりがあったのだろうと思います。
 しかし、神様は、すぐに、人間を滅ぼすことはなかった。忍耐し、耐え忍びながら、救いのご計画を立ててくださった。そして、神と人とを隔てる壁を打ち砕いてくださった。その先には、どのような世界が広がっていたのでしょうか。神様の怒りや裁きに満ちた世界でしょうか。いや、その世界には、キリストがいてくださった。キリストが、御自身の命をかけて、その隔たりを打ち砕いてくださった。私達は、もう既に、キリスト共に、その救いと愛の世界に入れられている。ここに福音があるのです。ここに喜びがあるのであります。この福音に立ち帰る時、私達は、再び歩み出すことができるのであります。
 26節をお読みします。「その計画は今や現されて、永遠の神の命令のままに、預言者たちの書き物を通して、信仰による従順に導くため、すべての異邦人に知られるようになりました。」
 さて、神様によって与えられる福音は、どのようにして伝えられていくのでしょうか。それは、「書き物を通してであります」。即ち、聖書を通して、御言葉を通して、神様が、そこで福音を語り、導いてくださるのであります。
 来年度は、「聖書に親しむ教会生活」を送りたい。それが、次年度の教会の願いであります。しかし、「聖書に親しむ教会生活」とは、ただ聖書を読んで終わる生活ではありません。そこで神様が福音を語ってくださり、導いてくださる。それを、日々、深く味わいながら生きられるということでありましょう。
 信仰が萎えてしまうこと、衰えてしまうこと、信仰の目が閉じてしまうこと。それは、誰でもあります。あるいは、教会が衰えていくこともあるでしょう。
 その時、私達は、人間の知恵や知識や思想をもって、あるいは、人間の力で、信仰や教会を建て直すのでしょうか。それは違います。神様の語られる福音、御言葉をもって、私達は、再び生き直すことができる。教会を建て直すことができる。どのような状態であろうとも、あなたのために命をかけてくれる方がいる。あの十字架の贖いと復活の恵みを、何度でも語り続け、その福音によって、何度でも、私達を立ち上がらせてくださる。
 だからこそ、福音の力を、私達は、もっともっと信じて良いのであります。全ては、この主の御業、御言葉にしっかりとしがみついて生きていく。そこに信仰生活の全てがかけられている。その大切な生き方が、ここから強く表されているのであります。
 福音が、私達を強くする。楽観的かもしれません。愚かなことかもしれません。しかし、神様は、十字架という愚かな行いを通して、人間の知恵や思いを遙かに越えた救いの御業を成就されました。この愚かな福音こそが、私達を、教会を生かすただ一つの生命線であることをおぼえたいと思います。全てを兼ね揃えた完璧に見える教会であったとしても、この福音なくして、本当に立つことはできない。そのことを、改めて深く心に留めて、この私達を福音をもって、力づけてくださる神様を讃美しつつ、新たに歩み出すものでありたいと思います。
posted by 日本基督教団 石山教会 at 17:25| 日記

2019年03月20日

2019年3月24日 礼拝予告

〇教会学校 9時15分〜
主題:「主イエス、裁判を受ける」
聖書:ルカによる福音書23章6節〜25節
※礼拝後、分級が行われます。
※保護者の方々も是非、お越しください。
※31日は、合同礼拝です。礼拝時間は、10時30分からです。

〇主日礼拝 10時30分
主題:「福音の力を信じて」須賀 工 牧師
聖書:ローマの信徒への手紙16章25節〜27節

皆様のお越しを心よりお待ち申し上げます。
posted by 日本基督教団 石山教会 at 11:59| 日記